「同行を何回やれば一人で行かせていいのか、基準がなくて」「経験者だから大丈夫だと思っていたら、在宅は全然違ったようで」——訪問診療クリニックを経営する院長先生から、こうした声をよく耳にします。
在宅の教育が難しいのは、教える側が見ていられないからです。病棟であれば、新しく入った人が困っていれば誰かが気づきます。ですが在宅では、その人は一人で家に入ります。困っていても、誰にも見えません。
以前、右腕となる人材を育てるロードマップや、採用と定着を仕組み化する話をお伝えしました。今日はその手前、現場のスタッフをどう独り立ちさせるかです。5つのステップに整理してお伝えします。根性で慣れさせるのでも、いつまでも同行を続けるのでもない。何ができたら一人で行けるのかを、先に決めておく。それが、戦わない在宅医療の考え方です。
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「同行三回」で決めているうちは、事故が起きる
多くの医療機関で、独り立ちの判断は同行の回数で行われています。三回一緒に行ったから、そろそろ一人で。この決め方の問題は、回数が何も保証していないことです。
三回のあいだに、たまたま落ち着いた方ばかりだったかもしれません。たまたま家族と会わなかったかもしれません。回数は、経験した場面の幅を表していないのです。
そして、在宅には病棟にない条件がいくつもあります。
・その場に相談できる人がいない。判断を、まず一人でしなければならない
・使える物品は、持って行った分だけ。足りなければ工夫するしかない
・そこは他人の生活空間で、その家のやり方がある
・家族が、ずっとこちらを見ている
・移動そのものが業務で、道に迷えば次の訪問が遅れる
これらは、経験年数では埋まりません。むしろ経験のある方ほど、つまずきが見えにくくなります。
独り立ちまでを設計する5つのステップ
1. 「病棟と何が違うか」を、最初に言葉で伝える
多くの現場で、これが省かれています。分かっているだろう、やっていれば分かる、と考えてしまうからです。
ですが暗黙のままにしておくと、新しく入った人は自分のやり方が間違っているのかどうかも判断できません。当院では、初日に上に挙げたような違いを、はっきり言葉にして伝えるようにしています。
とくに伝えるのは、「その場で判断がつかないときは、判断しないでよい」ということです。持ち帰って相談する、電話で確認する、次の訪問を待つ。これらは逃げではなく、正しい行動だと最初に言っておきます。在宅では、一人で決めきってしまうことのほうが危険です。
2. 同行を、回数ではなく「見せる順番」で組む
同行の中身を、段階に分けます。当院では、おおむね次の順で進めます。
・はじめの数回は、見学に徹してもらう。何も求めない。動線と、その家の空気を見てもらう
・次の段階で、一部を任せる。測定や記録の一部など、範囲を決めて渡す
・その次に、主として動いてもらい、こちらは後ろで見る。口を出さずに最後まで見る
・最後に、振り返りをする。何に迷ったか、なぜそう判断したかを聞く
とくに三つ目を飛ばさないことです。見学から一気に独り立ちへ進めてしまうと、「見ていられる状態で、自分でやってみる」経験がないまま一人になります。ここでの失敗は、取り返しがつきます。一人になってからの失敗は、そうとは限りません。
そして四つ目の振り返りでは、できていた点も必ず言葉にします。在宅は一人で動くぶん、自分の判断が合っていたのかどうかが分からないまま不安が溜まります。
3. 「一人で行かせる基準」を、判断で書く
独り立ちの基準を作るとき、技術の項目だけを並べてしまいがちです。ですが在宅で本当に必要なのは、技術より判断です。
当院が確認しているのは、こういうことです。
・この状態を見たら、誰にいつ連絡するかを、自分の言葉で言えるか
・予定にないことを家族から求められたとき、その場で答えずに持ち帰れるか
・道に迷った、遅れそうだというときに、すぐ連絡できるか
・分からないことを、分からないと言えるか
見ているのは、できるかどうかではありません。困ったときに止まれるかどうかです。止まれる人であれば、一人で行っても大きな事故にはなりません。逆に、何でも自分で判断してしまう人は、技術が高くても一人にはできません。
4. 独り立ちしてからの一か月を、放置しない
同行が終わると、教育も終わったように扱われがちです。ですが本当に不安なのは、一人で行き始めてからです。
当院では、独り立ち後しばらくのあいだ、訪問から戻ったときに必ず声をかけるようにしています。日報で確認するのではなく、口頭で数分です。
このとき、「困ったことはなかった?」とは聞きません。この聞き方だと、たいてい「大丈夫でした」で終わります。代わりに「今日いちばん迷ったのは、どこでしたか」と聞きます。迷いがあった前提で尋ねると、話が出てきます。
出てきた迷いは、その人の課題ではなく、こちらの説明が足りていなかった部分です。そう受け取ると、教育の中身が自然に改善していきます。
5. 教える側の負担を、見える化して分ける
最後に、これを整えないと仕組みが続きません。
同行の指導は、たいてい特定の一人に集まります。面倒見のよいベテランです。その人は、自分の訪問をこなしながら教え、記録を書く時間は後ろにずれ込みます。そして、静かに疲れていきます。
当院では、誰が何回同行に入ったかを記録して、割り振るようにしています。そして、教えている時間は業務として扱います。訪問件数の評価をするときも、指導に入った日はその分を考慮します。
以前お伝えしたスタッフを守る仕組みと同じで、教える負担が一人に偏っている状態は、その人が辞めた瞬間に教育そのものが止まります。属人的にしないことが、結局いちばん確実です。
当院が経験したこと
当院は以前、病棟で長く経験を積まれた看護師を採用しました。技術も知識も十分な方でした。
だから当院は、「経験者だから」と考えて、同行を数回で切り上げ、早い段階で一人の訪問に入っていただきました。本人も「大丈夫です」と言っておられました。
三か月ほどで、退職の申し出がありました。
最後に伺った言葉が、今も残っています。「分からないことが、分からなかったんです。聞けば教えてもらえたと思います。でも、何を聞けばいいのかが分からなくて」。
経験のある方ほど、聞けません。これまで自分で判断してきた人が、いまさら基本的なことを尋ねるのは、簡単ではないのです。そのうえ周囲は「あの人は経験者だから」と思っているので、誰も確認しません。
それ以来、当院では経験の有無にかかわらず、同じステップを踏むようにしています。そして最初に、こうお伝えしています。「ここでは、聞くことが仕事です。聞かれた側も、それを仕事として扱います」。
経験者を早く戦力にしようとしたことが、結果的にその方を失うことになりました。急がせないほうが、早く育つのだと思います。
まとめ——見ていられないからこそ、先に決めておく
在宅の教育は、目の届かないところで進みます。だからこそ、感覚で判断せず、先に形を決めておく必要があります。
病棟との違いを言葉で伝える、同行を見せる順番で組む、独り立ちの基準を判断で書く、独り立ち後の一か月を放置しない、そして教える側の負担を分ける——この5つで、教育は個人の熱意から仕組みに変わります。
人が育たない現場は、たいてい教える人がいないのではなく、育てる順番が決まっていません。まずは自院の独り立ちの基準を、一枚の紙に書き出してみてください。書けない項目があれば、そこが今まで感覚で判断していたところです。そこから決めていけば十分です。
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「同行を何回行ったか」という回数ではなく、「分からないときに独断せず持ち帰れるか」「困ったときに立ち止まれるか」を独り立ちの基準に据える考え方にすごく納得しました。密室となる在宅の現場だからこそ、技術の高さ以上に安全にブレーキを踏める判断力を評価する視点は、事故を防ぎスタッフを守る上でとても本質的ですね。