「オンコールの手当は、一回いくらで払っているのですが、これで合っているのか分からなくて」「宿日直許可を取れば、夜間は残業にならないと聞いたのですが」——訪問診療クリニックを経営する院長先生から、こうした声をよく耳にします。
在宅医療は、夜間や休日に人を拘束する仕事です。そして、その拘束をどう扱うかについて、多くのクリニックが「なんとなく」で運用しています。悪気があるわけではありません。診療の話に比べて、労務の情報は現場に届きにくいのです。
以前、院長のオンコールを一人で抱えないための体制設計についてお伝えしました。今日はその裏側です。同じオンコールを、制度とお金の面からどう設計するか。5つに整理してお伝えします。制度と戦うのでも、見ないふりをするのでもない。仕組みとして先に決めておく。それが、戦わない在宅医療の考え方です。
なお、労務の取り扱いは個別の事情によって判断が変わります。この記事は考え方を整理するためのものです。実際の運用は、社会保険労務士や所轄の労働基準監督署に必ず確認してください。
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最初に、いちばん多い誤解をほどく
在宅クリニックの院長先生と話していて、最も頻繁に出てくる誤解があります。「宿日直許可を取れば、夜間の待機は労働時間にならない」というものです。
ここは分けて考える必要があります。
宿日直許可というのは、労働基準法において、監視または断続的な労働として労働基準監督署長の許可を受けた宿直・日直勤務について、労働時間や休憩、休日に関する規定の適用を除外する仕組みです。医療機関についても、許可を受けるための基準が示されています。おおむね、通常の勤務からいったん解放された後の勤務であること、十分な睡眠設備があること、そして業務が定期的な巡回や少数の軽微な対応にとどまることなどが求められます。
ここで大切なのは、この仕組みが、事業場において宿直・日直をすることを前提にしている点です。無床の診療所で、医師や看護師が自宅にいて電話を待つという形は、この枠組みとは別のものとして考えるのが基本になります。
つまり、多くの在宅クリニックにとって、「宿日直許可を取れば解決する」という話にはなりません。院内に待機する体制がある場合や、有床の場合には検討の余地がありますが、そうでなければ、自宅待機をどう扱うかという別の問題として向き合う必要があります。
労務を設計する5つの手順
1. 「宿日直」と「自宅でのオンコール待機」を、はっきり分ける
まず、自院の夜間体制がどちらなのかを整理します。
・院内に人が泊まる、または院内で待機している——宿日直の枠組みを検討する余地がある
・自宅にいて、電話が鳴ったら対応する——別の問題として設計する必要がある
・その中間(近くに待機、複数名で交代など)——実態に沿って個別に判断する
この整理をしないまま「宿日直許可を取りたい」と労基署に相談に行っても、話がかみ合いません。自院がどの形なのかを言葉にするところから始めます。
2. 待機時間が労働時間にあたるかどうかの、分かれ目を知る
自宅で電話を待っている時間が労働時間にあたるかどうかは、拘束の程度によって判断されます。一律にどちらとは言えません。
判断の目安として挙げられるのは、場所の制約がどの程度あるか、呼び出しにどれくらい速く応じる義務があるか、実際にどのくらいの頻度で呼び出されているか、といった点です。飲酒や外出が事実上できない、数分以内の応答が求められる、毎晩のように鳴る——こうした状況が重なるほど、拘束は強いと評価されやすくなります。
ただし、これだけは動きません。呼び出されて実際に対応した時間は、労働時間です。電話で指示を出した時間も、訪問した時間も、記録を書いた時間も含まれます。ここを払っていない状態は、説明がつきません。
そして、この判断をするためには記録が要ります。何時に電話を受けて、何分対応したか。訪問したのか、電話で終わったのか。当院では、この記録を必ず残すようにしています。記録がないと、実態を説明することも、手当を見直すこともできません。
3. 手当を「待機」と「実働」に分けて設計する
最も多い形は、一回いくらという定額の待機手当だけを支給しているケースです。
この形の問題は、実際に働いた分が反映されないことです。一晩に三回起こされた日も、一度も鳴らなかった日も、同じ金額になります。働いた側からすれば、納得しにくい仕組みです。そして、実働に対する賃金や割増賃金が支払われていないのであれば、制度の面でも問題が残ります。
分けて設計します。
・待機に対する手当——拘束されていることへの対価として、一回いくらで設定する
・実働に対する賃金——実際に対応した時間に応じて支払う
・深夜の割増——おおむね二十二時から翌朝五時までの時間帯には割増が必要になる
・休日や時間外の割増——所定労働時間との関係で整理する
細かい率や計算方法は就業規則と法令の定めによりますので、社労士に確認してください。ここで申し上げたいのは、待機と実働は別物であり、両方を設計する必要があるということです。
4. 非常勤医との契約を、実態に合わせて書面にする
以前お伝えしたように、オンコールを分散するには非常勤の医師の力が要ります。ですがここで、契約の形があいまいなまま始まることが少なくありません。
雇用契約なのか、業務委託なのか。この違いは、書類の表題ではなく実態で判断されます。時間や場所を指定し、業務の進め方に指示を出しているのであれば、業務委託という名称であっても雇用として扱われる可能性があります。そうなれば、労働時間や割増賃金、社会保険の取り扱いが変わってきます。
オンコールを頼むのであれば、少なくとも次の点を書面にしておきます。担当する頻度と曜日、待機に対する手当、実際に対応した場合の扱い、そして対応の範囲——どこまでを判断してもらい、どこからは院長に連絡してもらうのか。
最後の一点は、労務というより安全の問題でもあります。範囲が決まっていないと、任された側は判断に迷い、抱え込みます。
5. 上限規制と、副業・兼業の通算を、自院に当てはめる
医師の時間外・休日労働については、2024年4月から上限規制が適用されています。原則となる水準では年九百六十時間が上限とされ、地域医療の確保などの事情がある場合には、指定を受けて特例の水準が適用される仕組みになっています。特例の水準では、面接指導や休息の確保といった追加的な措置が求められます。
在宅クリニックにとって見落としやすいのは、労働時間が副業・兼業先と通算されるという点です。非常勤の医師が他の医療機関でも働いている場合、自院の分だけを見ていても足りません。
難しく感じられると思いますが、まず把握することです。誰が、他にどこで、どのくらい働いているのか。当院では、非常勤の医師と契約する際に、この点を確認するようにしています。数字を集めるためではなく、その方が倒れないようにするためです。
まとめ——曖昧にしておくほうが、高くつく
労務の整理は、後回しにされがちです。診療のように急を要さず、専門外で、しかも整えるとお金がかかるように見えるからです。
宿日直と自宅待機を分ける、待機時間の評価の分かれ目を知る、手当を待機と実働に分ける、非常勤医との契約を実態に合わせて書面にする、そして上限規制と兼業の通算を自院に当てはめる——この5つを整えておけば、少なくとも「なんとなく」の運用からは抜け出せます。
曖昧なまま続けることは、経営にとっても安全ではありません。指摘を受けてから遡って対応するほうが、はるかに高くつきます。何より、夜に電話を取っている人が納得していない状態は、いつか人が辞めるかたちで表に出ます。まずは今月分の、オンコールの呼び出し回数と対応時間を記録するところから始めてください。判断も交渉も、そこからしか始まりません。
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無床クリニックにおける自宅待機と事業場内を前提とした宿日直許可の違いを明確に切り分けた上で、手当を「待機」と「実働」に分けて設計する考え方にすごく納得しました。定額の手当だけで済ませずに実際の稼働時間を正しく評価して支払う仕組みは、法令遵守の面だけでなく、夜間に対応するスタッフの納得感を守る上でも欠かせない視点ですね。