「何度説明しても、飲んでくれないんです」「認知症だから、もう自分での管理は無理ですね」——訪問診療クリニックを経営する院長先生や、訪問看護師の方から、こうした声をよく耳にします。
この見立ては、多くの場合まちがっています。残薬が出る原因は、本人の意欲や記憶力よりも、処方する側と、生活との噛み合わせにあることのほうが多いからです。
以前、多剤処方を整理するポリファーマシーの話と、訪問薬剤師と組む連携設計についてお伝えしました。今日はその手前です。そもそも、なぜ飲めていないのか。5つに整理してお伝えします。本人を責めるのでも、家族に管理を押しつけるのでもない。飲めない理由のほうを動かす。それが、戦わない在宅医療の考え方です。
なお、薬を減らす・変えるという判断は、主治医と薬剤師が行うものです。この記事は原因の見立てを整理するためのものであり、ご本人やご家族が自己判断で中止することを勧めるものではありません。
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残薬の山は、失敗ではなく情報です
訪問先で、飲まれていない薬がまとめて出てくることがあります。袋のまま、何か月分も。
このとき、多くの現場が同じ反応をします。「やはり管理できていない」。そして次に打つ手は、家族に管理をお願いする、お薬カレンダーを導入する、訪問の回数を増やす。つまり、監視を強める方向です。
ですが、原因が本人の記憶力ではなかった場合、これらはどれも効きません。しばらくすると、また同じ量が溜まります。
残薬は、本人の失敗の証拠ではなく、処方と生活が合っていないことを示す情報です。そう見方を変えると、次に何を確かめればよいかが見えてきます。
飲めていない、本当の理由5つ
1. 一日のなかで、飲む回数が多すぎる
朝食後、昼食後、夕食後、寝る前、そして食間。処方がこう分かれていると、一日に五回、決まった時間に何かをすることになります。これは、健康な人でも落とします。
こうなるのは、たいてい誰かが悪いからではありません。複数の医療機関から、それぞれの判断で薬が出され、そのつど用法が決まっていくからです。全体を見ている人がいないと、回数は増える一方になります。
確かめることは単純です。処方をすべて並べて、一日に何回のタイミングがあるかを数える。三回を超えていれば、まとめられないかを薬剤師と相談します。飲む回数が減るだけで、残薬が消えることは珍しくありません。
2. 薬を「取り出す」動作が、そもそも難しい
見落とされやすいのが、ここです。
包装から一錠ずつ押し出す動作には、指先の力と、細かい操作と、見え方が必要です。握力が落ちている方、手がふるえる方、麻痺のある方、視力が落ちている方にとっては、これだけで大きな負担になります。落とした一錠を、床から拾えないこともあります。
一包化されていれば解決する、とも限りません。袋に日付や飲む時点が印字されていなければ、どれが今日の分なのか分からなくなります。
当院では、訪問のときに「薬を出すところを見せていただけますか」とお願いすることがあります。話を聞くだけでは分からないことが、この一分で分かります。
3. 飲むタイミングが、その人の生活と合っていない
処方は「毎食後」と書かれていても、その方が一日二食であれば、一回分は必ず余ります。朝食を食べない方に「朝食後」と指示すれば、飲む機会そのものがありません。
デイサービスに行く日は昼を施設で食べる、週末は起きる時間が違う、家族が来る日だけ食事が変わる——生活には、こうした揺れがあります。処方箋の上では一定でも、暮らしは一定ではありません。
ですから、「何時ごろに、どういう流れで飲んでおられますか」と、実際の一日を聞きます。そのうえで、その人の生活に合うタイミングに寄せられないかを相談します。食後でなくてもよい薬は、意外にあります。
4. つらいので、本人が自分でやめている
ここが、最も見落とされ、そして最も重要な理由です。
飲むとめまいがする、便秘がひどくなる、夜中に何度もトイレに起きる、一日中だるい。こうした理由で、本人が意図してやめていることがあります。これは「飲み忘れ」ではありません。理由のある中断です。
そして多くの場合、本人はそれを言いません。言えば怒られる、心配をかける、勝手にやめたことを責められる——そう思っておられるからです。だから、こちらから聞かない限り、この情報は出てきません。
当院では、残薬を見つけたときに、まずこう尋ねるようにしています。「この中に、飲みたくないお薬はありますか」。責める調子にならないように、事実を確認するだけの口調で聞きます。ここで出てきた話は、処方を見直すうえで何よりの材料になります。
5. 「なぜ飲むのか」が、本人に伝わっていない
痛み止めや眠剤のように、効果を実感できる薬は続きます。飲めば楽になるからです。
一方で、血圧の薬、脂質の薬、骨を強くする薬などは、飲んでも何も変わりません。むしろ副作用のほうが体感されます。本人にとっては「飲んでも何も起きない、けれど飲まされているもの」になります。
この場合に必要なのは、管理を強めることではなく、理由を伝えることです。何のために飲んでいるのか、やめるとどうなる可能性があるのか。そして、その説明はご本人に向けて行います。家族にだけ説明して、本人が納得していなければ、飲む理由は生まれません。
そのうえで、それでも本人が優先しないと判断されるのであれば、その薬が今のこの方に本当に必要かを、あらためて考える機会にもなります。
当院が経験したこと
独居の男性のお宅で、残薬が大量に出てきたことがあります。
当院は、管理ができていないと判断しました。お薬カレンダーを用意し、訪問看護に確認をお願いし、離れて暮らすご家族にも電話で声をかけていただくようにしました。手を尽くしたつもりでした。
ですが、残薬は減りませんでした。
しばらくして、ご本人がぽつりと言われました。「あの薬を飲むと、夜中に何度もトイレに起きるんだ。暗いなかで歩くのが怖くて」。
水を出す薬でした。ご本人は、飲み忘れていたのではありません。転ぶのが怖いという、はっきりした理由を持って、飲まないことを選んでおられたのです。
私たちは、その理由を一度も聞いていませんでした。管理の仕組みばかり足して、本人に尋ねていなかったのです。飲む時間帯を変えられないか、量や種類を見直せないか——聞いてさえいれば、相談できたことでした。
それ以来、当院では残薬を見つけたら、仕組みを足す前に必ず尋ねます。「この中に、飲みたくないお薬はありますか」。この一言を先に置くようになってから、見えるものが変わりました。
まとめ——変えるべきは、本人ではありません
残薬が出ているとき、私たちはつい、本人を変えようとします。覚えてもらう、習慣づけてもらう、家族に見てもらう。ですが、原因が本人になければ、どれだけ管理を強めても変わりません。
飲む回数が多すぎないか、取り出す動作ができているか、タイミングが生活に合っているか、つらくて自分でやめていないか、そして飲む理由が本人に伝わっているか——この5つを確かめれば、打つ手が見えてきます。
残薬の山は、責めるための証拠ではなく、まだ聞けていないことがあるという合図です。まずは次に残薬を見つけたとき、お薬カレンダーを勧める前に、「この中に、飲みたくないお薬はありますか」と一つだけ尋ねてみてください。そこから出てくる言葉のほうが、どんな管理の仕組みよりも役に立ちます。
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残薬の山を単なる本人の管理不足や物忘れと決めつけず、「処方と日々の暮らしが噛み合っていないことを知らせる情報」と捉え直す視点にすごく納得しました。お薬カレンダーや声かけといった監視を強める前に、回数の多さや生活リズムとの不一致など根本的な原因に目を向けるアプローチは、現場の無駄な消耗を防ぐ上でもとても明快ですね。
久保先生、今回の記事もとても考えさせられました。
特に「残薬の山は、責めるための証拠ではなく、まだ聞けていないことがあるという合図」という言葉が心に残りました。
介護の現場でも、つい「できない」「やってくれない」という結果だけを見てしまうことがあります。しかし、その行動の裏には、その方なりの理由や生活のリズム、不安やつらさがあるのですよね。
「認知症だから」「自己管理ができないから」と決めつける前に、まず本人に尋ねてみる。
これは服薬管理だけではなく、介護に携わる私たちにとっても、とても大切な視点だと感じました。
「本人を変えるのではなく、本人を取り巻く仕組みを見直す」という考え方、日々の支援でも忘れないようにしたいと思います。