患者ゼロから始める在宅医療
——開業1年目に、競合と戦わずに患者を増やす5つの順番
「開業したものの、最初の一人をどう見つければいいのか分からない」「あいさつ回りはしているが、紹介につながらない」——これから在宅医療を始める院長先生や、開業して間もない先生から、こうした声をよく耳にします。
在宅医療の立ち上げ期は、独特の心細さがあります。外来と違って、待っていても患者さんは来ません。紹介元との関係もまだなく、実績もない。そのうえ固定費だけは確実に出ていきます。この焦りが、開業初期に特有の失敗を招きます。
手当たり次第に営業して疲れる、断れずに何でも引き受けて早々に消耗する、価格や過剰なサービスで差をつけようとする——どれも、後から自分の首を絞めます。今日は、患者ゼロの状態から、競合と奪い合わずに患者さんを増やしていくための順番を、5つに整理してお伝えします。急いで数を追わず、選ばれる理由を先につくる。それが、戦わない在宅医療の立ち上げ方です。
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なぜ開業初期に「焦った動き」が失敗するのか
立ち上げ期の失敗には、はっきりした構造があります。
患者数がゼロに近い時期は、目の前の一件がとても大きく見えます。だから、エリア外の依頼も、対応が難しい医療処置も、条件の合わない施設からの話も、つい「やります」と答えてしまう。ところが数か月後、その無理が効いてきます。移動距離が伸びて一日に回れる件数が落ち、対応できない処置に時間を取られ、スタッフが疲弊する。そして肝心の、本来受けたかった患者さんを受ける余力がなくなるのです。
もう一つの失敗は、誰にでも同じ売り込みをしてしまうことです。「何でも診ます」「24時間対応します」と伝えても、紹介する側からは他院との違いが見えません。結果、印象に残らないまま終わります。以前お伝えしたように、紹介元が本当に見ているのは、対応の速さや誠実さといった具体的な安心材料です。立ち上げ期こそ、量ではなく、この見え方を整えることが効きます。
患者ゼロから始める5つの順番
1. まず「診る範囲」を決める——広げるのは後でいい
最初にすべきは、営業ではなく線引きです。どのエリアまで、どんな状態の方を、どこまで診るのか。これを決めないまま動き始めると、後から必ず苦しくなります。
・エリア:片道何分までなら無理なく通えるか(地図に円を描いてみる)
・対応範囲:今の体制で確実にできる医療処置はどこまでか
・受け入れ数:一日に何件回れて、月に何人まで増やせるか
当院も立ち上げの頃、この線引きが甘く、遠方の依頼を受けて移動だけで一日が終わる、ということがありました。狭く始めて後から広げるのは簡単ですが、広げすぎたものを縮めるのは、患者さんにもご家族にも申し訳が立ちません。最初は「狭く、確実に」で構いません。
2. 「この分野ならここ」を一つ決める
次に、地域のなかで自院がどう認識されたいかを決めます。ここが、競合と奪い合わないための要になります。
すでに在宅医療を手がける医療機関がある地域で、後発が「何でも診ます」と言っても、選ぶ理由になりません。それよりも、既存の医療機関が手を出しにくい部分を引き受けるほうが、ずっと早く覚えてもらえます。医療的ケア児、神経難病、認知症の方の受け入れ、あるいは「連絡への返事が速い」という一点でもいい。何か一つ、明確に言えるものを持つことです。
当院も、地域で足りていない部分を探し、そこから始めました。これは既存の医療機関と競うことではなく、地域全体で見たときの隙間を埋める発想です。以前お伝えした機能分化の考え方は、開業初期からこそ有効に働きます。
3. 「紹介元を3つ」に絞って、深く関係をつくる
多くの開業初期の先生が、できるだけ多くの機関にあいさつ回りをしようとします。ですが、一度顔を出しただけの相手は、こちらを覚えていません。
それよりも、最初は3つ程度に絞ることをおすすめします。地域の中核病院の連携室、近隣の居宅介護支援事業所、そして訪問看護ステーション。この3か所と深い関係をつくるほうが、20か所に配って回るより確実です。
そして関係を深める方法は、営業ではありません。以前お伝えしたように、紹介元が見ているのは「連絡への返事が速いか」「受けられないときも誠実に対応するか」「紹介した後の経過を教えてくれるか」です。最初の数件で、この3つを丁寧に実行する。それが次の紹介を呼びます。
4. 「最初の数件」を、全力で丁寧に診る
立ち上げ期にいちばん効くのは、実は最初に受けた数件です。ここでの評判が、その後の紹介の流れを決めます。
件数が少ない時期は、一件あたりに十分な時間をかけられます。この時期に、退院直後の不安な時間に丁寧に関わる、家族の話をよく聞く、退院後の経過を紹介元に報告する——といったことを徹底しておくと、「あそこに紹介すると患者さんが落ち着く」という評価が、確実に地域に伝わります。
紹介というのは、営業活動より、実際に診た患者さんとご家族、そして紹介元の実感によって増えていきます。数が少ないうちは焦りますが、その時期にしかできない丁寧さがあります。
5. 「増えたとき」の設計を、増える前にしておく
最後に、これは見落とされがちですが、患者さんが増え始めたときの備えを、増える前に考えておくことです。
在宅医療は、あるところから急に紹介が増えます。そのとき体制が追いつかないと、対応が雑になり、せっかく築いた評判を失います。夜間の連絡をどう受けるか、何人まで増えたら人を雇うのか、どの段階で訪問看護や薬局との連携を厚くするのか——こうした基準を、余裕のあるうちに決めておきます。
また、開業初期はレセプトの入金が始まるまでに時間がかかるため、手元の資金にも注意が必要です。以前お伝えしたように、売上が現金になるのは2か月ほど先です。この時間差を織り込んでおかないと、患者さんが増えているのに資金繰りが苦しい、という事態になりかねません。
まとめ——選ばれる理由を、数より先につくる
開業1年目は、数字が見えないことへの不安との戦いです。だからこそ、動きが焦りに引っ張られやすい。ですが、この時期にやるべきことは、患者さんをかき集めることではありません。
診る範囲を決める、「この分野ならここ」を一つ持つ、紹介元を絞って深く関わる、最初の数件を丁寧に診る、増えたときの設計を先にしておく——この順番を守ることが、結果的にいちばん早い立ち上げになります。
在宅医療は、地域のなかで長く続けてこそ意味のある仕事です。他院と患者さんを奪い合うのではなく、地域に足りていない部分を引き受けることで、自然と自院の居場所ができていきます。まずは地図を開いて、どこまでを自分たちの範囲にするか、線を引くところから始めてみてください。その一本の線が、無理なく続けられる在宅医療の出発点になります。
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患者数が少ない焦りから何でも引き受けて自滅するのを防ぐため、あえて「診る範囲」や「紹介元」を絞り込む逆転の発想にすごく納得しました。最初に無理のない線引きをしておくことが、結果として患者さんへの責任ある対応やスタッフの疲弊防止につながるという点は、立ち上げ期において非常に重要な指針になりますね。