「施設に入れたい兄」と「家で看たい妹」
——介護方針で親族が割れたとき、在宅チームがどう間に立つか5つ
「兄は『もう施設に入れたほうがいい』と言うんです。でも私は、母を最期まで家で看てあげたくて——」 「離れて暮らす弟は、理想ばかり言う。実際に毎日介護しているのは、この私なのに」
——訪問先で、患者さんご本人ではなく、ご家族どうしが静かに、ときに激しく対立している場面に立ち会うことがあります。そして、その板挟みの真ん中に、私たち在宅チームが引き込まれていくことも、決して少なくありません。
訪問診療クリニックを経営する院長先生へ。在宅医療の現場では、患者さん本人の病状よりも、ご家族の間の「意見の食い違い」のほうが、支援を難しくすることがあります。誰も間違っていないのに、方針が一つにまとまらない——そんなとき、私たちはどう間に立てばいいのでしょうか。
今日お伝えしたいのは、家族が割れたときに在宅チームがどう振る舞うか、という話です。ここでの立ち回りを間違えると、せっかく築いた信頼が一気に崩れます。逆に、うまく間に立てれば、家族全体から「このクリニックでよかった」と言っていただけます。
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なぜ、家族は割れるのか
介護方針をめぐる家族の対立は、仲が悪いから起きるわけではありません。むしろ、それぞれが本気で「親のため」を思っているからこそ、正面からぶつかります。多くの場合、対立の背景には次のようなズレが隠れています。
一つ目は、距離のズレです。毎日介護している同居家族と、たまに帰ってくる遠方の家族とでは、見えている現実がまるで違います。二つ目は、情報量のズレです。日々の変化を知る人と、久しぶりに会って「思ったより弱っている」と驚く人とでは、判断の出発点が揃いません。三つ目は、お金や仕事、そして過去の親子関係——口に出しにくい事情です。
これらが絡み合っているために、「施設か、在宅か」という表面の議論だけをいくら重ねても、話はまとまりません。私たちが向き合うべきは、意見そのものではなく、その裏にあるそれぞれの事情なのです。
在宅医療は「家族というチーム」の上に成り立つ
在宅療養は、医療者だけで支えるものではありません。日々の介護を担うご家族の協力があって、初めて成り立ちます。だからこそ、その家族というチームが割れてしまうと、どれだけ良い医療を用意しても、在宅は続きません。
家族の対立を「家庭の問題だから」と距離を置くのは簡単です。けれど、それを放っておくと、最も苦しむのは真ん中にいる患者さんです。私たちが間に立つのは、おせっかいではなく、患者さんの療養を守るための、れっきとした支援の一部だと考えています。
家族が割れたとき、在宅チームが間に立つ5つの実践
1. どちらの「味方」にもならない——最初に中立を宣言する
一番やってはいけないのが、その場の勢いで片方の意見に同調してしまうことです。「私もそう思います」と一言うなずいただけで、もう一方は「あの看護師は兄の側だ」と身構えます。当院では、意見が割れていると分かった時点で、「私たちはどちらの味方でもなく、お母さまにとって何が一番いいかを、一緒に考える立場です」と、はっきり口に出して伝えるようにしています。中立を先に宣言しておくことが、間に立つための土台になります。
2. 対立の裏にある「それぞれの事情」を、別々に聴く
家族が全員そろった場では、本音は出てきません。人前では言えない疲れ、罪悪感、お金の不安——これらは、一人ひとり別々に聴いて初めて表に出ます。当院では、訪問の前後や電話で「ご長男さんだけの5分」「ご長女さんだけの5分」を意図してつくります。それぞれの事情が見えてくると、対立の構図が「兄 対 妹」ではなく、「みんな親を思っているのに、見えているものが違うだけ」に変わってきます。
3. 「本人はどうしたいのか」を、もう一度真ん中に戻す
家族の議論は、いつの間にか「誰の負担が大きいか」「誰が正しいか」にすり替わっていきます。そのとき私たちの役割は、話の真ん中に、そっと患者さんご本人を戻すことです。「お母さまご自身は、どう過ごしたいとおっしゃっていましたか」と問い直す。ここでACP(人生会議)で聴き取ってきた本人の価値観が、家族共通の土台になります。判断の軸を「家族の都合」から「本人の意思」へ戻すだけで、対立の熱は少し下がります。
4. 感情と事実を切り分け、選択肢をフラットに並べる
「在宅は無理」「施設はかわいそう」——対立の多くは、思い込みや不安から来る決めつけです。私たちにできるのは、感情から少し離れたところで、事実と選択肢を淡々と並べることです。在宅を続けるなら何が必要で、どこに限界があるのか。施設を選ぶなら実際はどうなるのか。どちらが正解と誘導せず、フラットに情報を渡す。判断材料がそろって初めて、家族は感情でなく現実で話し合えるようになります。
5. 決めるのは家族、支えるのは私たち——後戻りできる設計にする
最後まで決められない家族に、私たちが結論を押しつけてはいけません。決めるのは、あくまでご家族です。ただし、「一度決めたら変えられない」と思うと、家族は決断できません。だからこそ「まずは一か月、在宅で試してみて、難しければ施設も考えましょう」と、後戻りできる形を用意します。決定を一回きりの重い賭けにせず、いつでも見直せる仕組みにしておくこと。これが、家族の肩の荷をふっと軽くします。
失敗から学んだこと
以前、毎日介護しているご長女さんの大変さに心を寄せるあまり、「本当によく頑張っていらっしゃいますね」と、ご本人の前で強く共感しすぎたことがあります。悪気はありませんでした。けれど、後日わかったのは、その場にいたご長男さんが「結局あのクリニックは、妹の味方なんだ」と受け取り、以来ほとんど連絡をくれなくなっていたことでした。
一方に寄り添うことと、一方に肩入れすることは、紙一重です。それ以来、私は「共感は一人ひとりに、公平に」を合言葉にしています。誰か一人だけを労うのではなく、関わる家族全員に、それぞれの立場での頑張りを言葉にして返す。たったそれだけのことで、間に立ちやすさがまるで変わりました。
まとめ——家族の対立の中でも、「戦わない」
介護方針をめぐって家族が割れたとき、私たちがどちらかの陣営に加わってしまえば、対立はさらにこじれます。戦わない在宅医療とは、競合と戦わないだけでなく、家族の争いの中でもどちらとも戦わず、全員の思いの真ん中に立ち続けることでもあります。
家族は敵どうしではありません。同じ人を大切に思う、味方どうしです。その事実を、私たちが繰り返し思い出させる。それだけで、割れかけた家族はもう一度、同じ方向を向けることがあります。
次に家族の意見が割れる場面に立ち会ったら、どちらが正しいかを裁く前に、一度こう伝えてみてください。「みなさん、お母さまを大切に思っていらっしゃる。その気持ちは、同じですよね」と。そこから、ほどけていく糸がきっとあります。
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介護を担う特定の家族にその場で強く共感しすぎたことで、もう一方の親族から「味方をしている」と受け取られてしまったという失敗談のリアルさに、深く納得いたしました。
意見が割れていると分かった初期の段階で「どちらの味方でもない」と口に出して中立を宣言することや、個別に話を聴く時間を5分でも作るといった実践は、組織の信頼を失わないための極めて重要なディフェンスラインになると感じます。